紫色の夜空
乙女なんだか腐女子なんだか歴女なんだかよくわからない人の、2次創作とかバトンとかやってるブログ。現在スタドラにハマり中。
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うちのスガタくんは考えがエグいようです。うーん。
Double-dealing
檻か、夢か。
鎖か、解放か。
絶望か、希望か。
引き裂かれるように、涙をこぼす。
ただひとつ、共通するものは。
どちらも、島に囚われた“王”を、外の世界へと導こうとしていることだけだった。
――――with Reiji
「ねぇ。君は、自分のことをどう思ってるの?」
名も知らぬ男が、問う。
鳥籠の中にたった一人の少年を閉じ込めて、鎖につないで。
「…別に、何も」
正直に、答える。
首元では嵌められた輪が、これは自分のものだという風に主張する。
「…君は美しい少年だ。だからこそ、こうやって閉じ込めてしまいたくなる」
細やかな音をたてて鎖が引かれ、檻ごしに彼のもとへと閉じ込められる。
絶望をまとった閉塞感が心地よくて、逃げることを忘れる。
彼がくれるのは、存在の卑下。
閉塞と、絶望と、諦めの快楽。
王である自分を、貶め、犯し、壊してでも手に入れようとする。
それが幻想の世界だと知ってはいても、それでも自分はこの世界に魅せられている。
王の地位を汚してしまえるようで、冷笑する。
与えられた肢体を汚されて、貶められて、傷つけられて。
悶えて、嘲って、抱かれて、卑しめられる。
失意と、閉塞と、絶望と、欲に満ちた言葉を与えられて。
王が汚れることを、望む。
「あなたは…僕を使って何をするつもりです…?」
時折、籠の外に引きずり出されて好きなように弄ばれる。
欲を貪るように、嬲られる。
「さあ…何だろう。だけど俺は、何としてでも君を手に入れたい…それは、本当だ」
檻と、鎖と、絶望と。
彼がくれるのは、存在の卑下。
自らの欲を叶えるために、王を、外の世界へと連れ出そうとする。
――――with Takuto
「ねえ、スガタ。お前…自分のこと、どう思ってる?」
柔らかな寝台の上で、恋人の少年が問う。
明るく、爽やかな声で、器用な腕の中に王の肢体を抱いて。
「どうって…別に、何も」
正直に、答える。
少しだけ開いた窓から、明るい陽の光が朝の風を運んで、世界はこんなにも自由だと囁きかける。
「スガタはさ…。すごいし…綺麗だなって思う。だけどそれは、お前が嫌がってるこの島が育てたものなんだよね。でも、そんなお前だったからこそ、僕はスガタを好きになったんだと思う」
シーツが擦れる音がして、彼の腕に力がこもる。
風をまとった解放感が心地よくて、そのまま肌を密着させる。
彼がくれるのは、存在の包容。
自由と、希望と、運命の解放。
王である自分を、受け入れ、救おうと奔走する。
それはまるで夢のような世界で、この優しい夢から醒めたくないと、いつも思う。
嫌で嫌で仕方のない王の地位でさえも、彼の前でなら持っていてもよいとさえ思える。
少年の手で髪が梳かれ、日常的に口づけをして。
存在を確かめ合った肢体を、翌朝、陽が注ぐ中で禊いで。
彼といることの自由を、望む。
「タクトは…、これからも僕と一緒にいたいと思うか…?」
部屋を出るため寝台から起き上がって、少年に羽織らされた寝巻に腕を通す。
急に抱き寄せられて、彼の背中を掴んで夢の続きをもらう。
「そんなの、当たり前だろっ…?僕は、スガタと一緒に本土で暮らしたい…そう思ってるんだから――」
夢と、解放と、希望と。
彼がくれるのは、存在の包容。
運命を砕いて、王を、外の世界へと連れ出そうとする。
――――――――――
檻か、夢か。
鎖か、解放か。
絶望か、希望か。
閉塞か、自由か。
引き裂かれるように、ひとり、涙をこぼす。
どちらに行けばいい。
どちらを取ればいい。
幾たび身体を重ねても、ただそれだけがわからない。
正反対なのに、酷似して。
運命づけるように、彼ら二人の血は同じで。
身勝手な王は、より強い者を自らの中にある闘技場で争わせるように、
二人の男と関係をもった。
どうすればいい。
どちらを選べばいい。
彼がくれるのは、存在の卑下。
彼がくれるのは、存在の包容。
制限時間は、あと少し。
END
Double-dealing
檻か、夢か。
鎖か、解放か。
絶望か、希望か。
引き裂かれるように、涙をこぼす。
ただひとつ、共通するものは。
どちらも、島に囚われた“王”を、外の世界へと導こうとしていることだけだった。
――――with Reiji
「ねぇ。君は、自分のことをどう思ってるの?」
名も知らぬ男が、問う。
鳥籠の中にたった一人の少年を閉じ込めて、鎖につないで。
「…別に、何も」
正直に、答える。
首元では嵌められた輪が、これは自分のものだという風に主張する。
「…君は美しい少年だ。だからこそ、こうやって閉じ込めてしまいたくなる」
細やかな音をたてて鎖が引かれ、檻ごしに彼のもとへと閉じ込められる。
絶望をまとった閉塞感が心地よくて、逃げることを忘れる。
彼がくれるのは、存在の卑下。
閉塞と、絶望と、諦めの快楽。
王である自分を、貶め、犯し、壊してでも手に入れようとする。
それが幻想の世界だと知ってはいても、それでも自分はこの世界に魅せられている。
王の地位を汚してしまえるようで、冷笑する。
与えられた肢体を汚されて、貶められて、傷つけられて。
悶えて、嘲って、抱かれて、卑しめられる。
失意と、閉塞と、絶望と、欲に満ちた言葉を与えられて。
王が汚れることを、望む。
「あなたは…僕を使って何をするつもりです…?」
時折、籠の外に引きずり出されて好きなように弄ばれる。
欲を貪るように、嬲られる。
「さあ…何だろう。だけど俺は、何としてでも君を手に入れたい…それは、本当だ」
檻と、鎖と、絶望と。
彼がくれるのは、存在の卑下。
自らの欲を叶えるために、王を、外の世界へと連れ出そうとする。
――――with Takuto
「ねえ、スガタ。お前…自分のこと、どう思ってる?」
柔らかな寝台の上で、恋人の少年が問う。
明るく、爽やかな声で、器用な腕の中に王の肢体を抱いて。
「どうって…別に、何も」
正直に、答える。
少しだけ開いた窓から、明るい陽の光が朝の風を運んで、世界はこんなにも自由だと囁きかける。
「スガタはさ…。すごいし…綺麗だなって思う。だけどそれは、お前が嫌がってるこの島が育てたものなんだよね。でも、そんなお前だったからこそ、僕はスガタを好きになったんだと思う」
シーツが擦れる音がして、彼の腕に力がこもる。
風をまとった解放感が心地よくて、そのまま肌を密着させる。
彼がくれるのは、存在の包容。
自由と、希望と、運命の解放。
王である自分を、受け入れ、救おうと奔走する。
それはまるで夢のような世界で、この優しい夢から醒めたくないと、いつも思う。
嫌で嫌で仕方のない王の地位でさえも、彼の前でなら持っていてもよいとさえ思える。
少年の手で髪が梳かれ、日常的に口づけをして。
存在を確かめ合った肢体を、翌朝、陽が注ぐ中で禊いで。
彼といることの自由を、望む。
「タクトは…、これからも僕と一緒にいたいと思うか…?」
部屋を出るため寝台から起き上がって、少年に羽織らされた寝巻に腕を通す。
急に抱き寄せられて、彼の背中を掴んで夢の続きをもらう。
「そんなの、当たり前だろっ…?僕は、スガタと一緒に本土で暮らしたい…そう思ってるんだから――」
夢と、解放と、希望と。
彼がくれるのは、存在の包容。
運命を砕いて、王を、外の世界へと連れ出そうとする。
――――――――――
檻か、夢か。
鎖か、解放か。
絶望か、希望か。
閉塞か、自由か。
引き裂かれるように、ひとり、涙をこぼす。
どちらに行けばいい。
どちらを取ればいい。
幾たび身体を重ねても、ただそれだけがわからない。
正反対なのに、酷似して。
運命づけるように、彼ら二人の血は同じで。
身勝手な王は、より強い者を自らの中にある闘技場で争わせるように、
二人の男と関係をもった。
どうすればいい。
どちらを選べばいい。
彼がくれるのは、存在の卑下。
彼がくれるのは、存在の包容。
制限時間は、あと少し。
END
5話ベースのタクスガ両片想い。
想いを伝えられないのってつらいよねえ…。
ところで私はスタドラ10周目です。たぶん。
Missing Mind
「ふぅん…、タクトももらってたんだ。それ」
夜間飛行での会議が終わってファミレス――『イーター』
から出ると、背後から声をかけられた。
「うん。でもホント…ヤバい臭いだよね。これ」
突然、学園中の男子を虜にしたヒナという少女。
彼女からのラブレターを自分とスガタはもらっていた。
「…今から彼女に会いに行くの?」
「うん…。やっぱりあれ、第1フェーズだと思うし…」
おそらく、彼女は綺羅星の人間だ。正体がばれればきっと、
サイバディでの戦いに持ち越してくるだろう。
「タクトは…彼女と付き合ってみたいとは思わなかったの?」
少しだけ、柔らかい微笑を見せられて息をのむ。
「まさか。そこまでは思わないよ。確かに魅力的ではあるけどね…」
興味はあっても、恋愛感情としての心は動かない。
「僕もだな。…特に、何とも思わない」
スガタが封筒の中身を取り出して、そこに書かれた文字を目でなぞる。
思わず同じ行動をとって、その行動が不審に思われていないか確かめた。
しかし当の彼は文字を追い終わると、静かに手紙を封筒へと戻す。
「…スガタは、さ。好きな人とか…いる?」
手紙の奥にいる彼を、恐る恐る見つめる。
スガタは少し驚いた顔をして、こちらを見かえして口を開いた。
「…いるよ」
自分の内側で何かの糸が切れて、おもりのようなものが落ちる音がした。
「…そう」
諦めと、苦しさが混ざったような自分の声。
「――…タクトは?好きな人とか、いるの?」
同じ質問を返されて、少し、戸惑う。
それでも彼の…スガタの質問だから、正直に答えた。
「…いるよ」
それも、目の前に。そう続けたかったけれど、やめた。
“好きな人”とは、目の前にいるスガタのことだ。
もちろん友達としてではない。
キスしたいとか、抱き締めたいとか、そういう意味だ。
その気持ちに偽りはないから、だからこそ言えない。
彼に好きな人がいるというのならば、…なおさら。
「…そう…」
少しだけ震えのこもった返答に覚える違和感。
「スガタ…?」
口元にさっきとは違った笑みを浮かばせて目の前を通り過ぎようとする、
彼の手首を掴む。
「スガタ?ねえ、どうし――」
「タクトは…、…」
どこにも向けられないとでもいうように、感情がないまぜになった声。
掴んだ手首がピクリと動く。
「タクトは…その人のこと、どう思ってる…?」
「え…?」
振り返ったスガタの、美しい輪郭が夕陽に映える。
少しだけ悲しみを帯びた瞳に、吸い寄せられた。
このまま両手で体を引き寄せて彼を手に入れたい衝動に駆られたが、
彼には好きな人がいるのだということを思い出して、冷静になる。
「…いや…、なんでもない…」
「スガタ…?」
彼は手を離すと、「じゃあ」と言いそのまま手を振って歩きだした。
気のせいか、その歩く速さがいつもよりも速いように見えた。
――――――――――
道着に着替えて、冷たい床に正座する。静寂を感じて、
ざわめく精神を集中させようとする。
『…いるよ』
「―――…っ!!」
再び、気持ちがざわめいて平静を欠く。
今までは心地よかったはずの彼の声が、今は、苦しみにしかならない。
「…だめ、だ…」
絶対に泣くまいとしているはずの瞳から、ぽたりと涙が零れた。
口を掌で覆っているのに、嗚咽が漏れて、床が濡れる。
『いるよ』
タクトには、好きな人がいる。
その事実を信じたくなくて、それでもそのことが脳裏に焼き付いて
離れない。
「タク…ト…っ」
こんなにも彼を好きだと思う自分がまだ、信じられない。
きっと彼がいる好きな人とは、“彼女”のことだろう。
彼の視線は、いつも彼女の方に向いていた。
二人で話すことがあっても、そのほとんどは彼女のことや島のことだ。
だからさっき、彼の話題がこちらを向いたのが嬉しくて。
いつも以上に、彼の声が心地よくて。
それでもその幻想は、すぐに崩れた。
男同士だから、想いが絶対に叶わないことは分かってはいた。
だとしても、面と向って当人の口から「好きな人がいる」と言われると、
こんなにも苦しい。
「タク、ト…」
この1ヶ月間、ずっと彼のことを想ってきた。
手を触れ合せたい、キスをしたい。
女のようにでもいい、抱かれてみたいと。
ずっと、自由で恰好のいい彼が好きだった。
いや、今も好きだ。
何年もの間零れることを忘れた涙が、溢れ出すほどに。
狂おしく。
「タク…トぉ…」
それなのに、彼には好きな人がいるという。
彼の中には、絶対に「スガタ」という選択肢はないのだと思う。
だからこそ、余計に悲しい。
彼が好きで。だからこそ苦しくて。倒れるように道場の床に寝ころぶと、
意識は自然に夢の淵へととけていった。
―――――――――
「やっぱり…無理だよなあ〜…」
サイバディとの戦いを終え、寮のベッドに寝転がる。
先ほどの彼の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。
スガタは、好きな人がいると言っていた。
その好きな人というのは、やはり許婚でもある“彼女”のことだろうか。
「スガタ…」
壁の方に右手をのばして、一瞬、音をたててひっ掻いてみた。
彼が最後にしてきた質問を思い出す。
『タクトは…その人のこと、どう思ってる…?』
爪を立てた手を握って、音が立つほどに歯を引き締めた。
「そんなの…っ、綺麗だとか…、可愛いとか…。
そんな風に思ってるに決まってるじゃん…!!」
美しい輪郭。陶器のように白く滑らかな肌。
憂いを含んだ瞳。どこか威厳を含む口調。
その中にも残る、幼い子供のような空気。
出会ったあの日からずっとそれを近くで見せられてきたから、
余計彼に触れたいと思う。
何度、抱き締めてキスをしたい衝動に駆られたか知れない。
嫌がられてもいい、嫌われてもいい。
スガタのことが好きで、好きで、彼を自分のものにしたくて。
それでもたぶん――いや、確実にそれは叶わないのだ。
普通に、彼が女ならばここまで苦しむことはなかったのだろうか。
いや、そんなことはありえないのだろう。彼が男でなかったら、
きっと、自分は彼を好きになってはいなかった。
スガタがスガタであったからこそ、彼を好きになったのだ。
「ねえ…スガタ…。それなら…」
隣の部屋に声が漏れ聞こえないような小さな声で、彼の名を呼ぶ。
初めてしっかりと彼の手首を掴んだ、あの滑らかな感触を思い出す。
「スガタは…その人のこと、どう思ってる…?」
本当に。
出逢ったあの日から、こんなにも彼のことを想っているのに。
どうして、これほどにも伝えられないのだろう。
END
想いを伝えられないのってつらいよねえ…。
ところで私はスタドラ10周目です。たぶん。
Missing Mind
「ふぅん…、タクトももらってたんだ。それ」
夜間飛行での会議が終わってファミレス――『イーター』
から出ると、背後から声をかけられた。
「うん。でもホント…ヤバい臭いだよね。これ」
突然、学園中の男子を虜にしたヒナという少女。
彼女からのラブレターを自分とスガタはもらっていた。
「…今から彼女に会いに行くの?」
「うん…。やっぱりあれ、第1フェーズだと思うし…」
おそらく、彼女は綺羅星の人間だ。正体がばれればきっと、
サイバディでの戦いに持ち越してくるだろう。
「タクトは…彼女と付き合ってみたいとは思わなかったの?」
少しだけ、柔らかい微笑を見せられて息をのむ。
「まさか。そこまでは思わないよ。確かに魅力的ではあるけどね…」
興味はあっても、恋愛感情としての心は動かない。
「僕もだな。…特に、何とも思わない」
スガタが封筒の中身を取り出して、そこに書かれた文字を目でなぞる。
思わず同じ行動をとって、その行動が不審に思われていないか確かめた。
しかし当の彼は文字を追い終わると、静かに手紙を封筒へと戻す。
「…スガタは、さ。好きな人とか…いる?」
手紙の奥にいる彼を、恐る恐る見つめる。
スガタは少し驚いた顔をして、こちらを見かえして口を開いた。
「…いるよ」
自分の内側で何かの糸が切れて、おもりのようなものが落ちる音がした。
「…そう」
諦めと、苦しさが混ざったような自分の声。
「――…タクトは?好きな人とか、いるの?」
同じ質問を返されて、少し、戸惑う。
それでも彼の…スガタの質問だから、正直に答えた。
「…いるよ」
それも、目の前に。そう続けたかったけれど、やめた。
“好きな人”とは、目の前にいるスガタのことだ。
もちろん友達としてではない。
キスしたいとか、抱き締めたいとか、そういう意味だ。
その気持ちに偽りはないから、だからこそ言えない。
彼に好きな人がいるというのならば、…なおさら。
「…そう…」
少しだけ震えのこもった返答に覚える違和感。
「スガタ…?」
口元にさっきとは違った笑みを浮かばせて目の前を通り過ぎようとする、
彼の手首を掴む。
「スガタ?ねえ、どうし――」
「タクトは…、…」
どこにも向けられないとでもいうように、感情がないまぜになった声。
掴んだ手首がピクリと動く。
「タクトは…その人のこと、どう思ってる…?」
「え…?」
振り返ったスガタの、美しい輪郭が夕陽に映える。
少しだけ悲しみを帯びた瞳に、吸い寄せられた。
このまま両手で体を引き寄せて彼を手に入れたい衝動に駆られたが、
彼には好きな人がいるのだということを思い出して、冷静になる。
「…いや…、なんでもない…」
「スガタ…?」
彼は手を離すと、「じゃあ」と言いそのまま手を振って歩きだした。
気のせいか、その歩く速さがいつもよりも速いように見えた。
――――――――――
道着に着替えて、冷たい床に正座する。静寂を感じて、
ざわめく精神を集中させようとする。
『…いるよ』
「―――…っ!!」
再び、気持ちがざわめいて平静を欠く。
今までは心地よかったはずの彼の声が、今は、苦しみにしかならない。
「…だめ、だ…」
絶対に泣くまいとしているはずの瞳から、ぽたりと涙が零れた。
口を掌で覆っているのに、嗚咽が漏れて、床が濡れる。
『いるよ』
タクトには、好きな人がいる。
その事実を信じたくなくて、それでもそのことが脳裏に焼き付いて
離れない。
「タク…ト…っ」
こんなにも彼を好きだと思う自分がまだ、信じられない。
きっと彼がいる好きな人とは、“彼女”のことだろう。
彼の視線は、いつも彼女の方に向いていた。
二人で話すことがあっても、そのほとんどは彼女のことや島のことだ。
だからさっき、彼の話題がこちらを向いたのが嬉しくて。
いつも以上に、彼の声が心地よくて。
それでもその幻想は、すぐに崩れた。
男同士だから、想いが絶対に叶わないことは分かってはいた。
だとしても、面と向って当人の口から「好きな人がいる」と言われると、
こんなにも苦しい。
「タク、ト…」
この1ヶ月間、ずっと彼のことを想ってきた。
手を触れ合せたい、キスをしたい。
女のようにでもいい、抱かれてみたいと。
ずっと、自由で恰好のいい彼が好きだった。
いや、今も好きだ。
何年もの間零れることを忘れた涙が、溢れ出すほどに。
狂おしく。
「タク…トぉ…」
それなのに、彼には好きな人がいるという。
彼の中には、絶対に「スガタ」という選択肢はないのだと思う。
だからこそ、余計に悲しい。
彼が好きで。だからこそ苦しくて。倒れるように道場の床に寝ころぶと、
意識は自然に夢の淵へととけていった。
―――――――――
「やっぱり…無理だよなあ〜…」
サイバディとの戦いを終え、寮のベッドに寝転がる。
先ほどの彼の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。
スガタは、好きな人がいると言っていた。
その好きな人というのは、やはり許婚でもある“彼女”のことだろうか。
「スガタ…」
壁の方に右手をのばして、一瞬、音をたててひっ掻いてみた。
彼が最後にしてきた質問を思い出す。
『タクトは…その人のこと、どう思ってる…?』
爪を立てた手を握って、音が立つほどに歯を引き締めた。
「そんなの…っ、綺麗だとか…、可愛いとか…。
そんな風に思ってるに決まってるじゃん…!!」
美しい輪郭。陶器のように白く滑らかな肌。
憂いを含んだ瞳。どこか威厳を含む口調。
その中にも残る、幼い子供のような空気。
出会ったあの日からずっとそれを近くで見せられてきたから、
余計彼に触れたいと思う。
何度、抱き締めてキスをしたい衝動に駆られたか知れない。
嫌がられてもいい、嫌われてもいい。
スガタのことが好きで、好きで、彼を自分のものにしたくて。
それでもたぶん――いや、確実にそれは叶わないのだ。
普通に、彼が女ならばここまで苦しむことはなかったのだろうか。
いや、そんなことはありえないのだろう。彼が男でなかったら、
きっと、自分は彼を好きになってはいなかった。
スガタがスガタであったからこそ、彼を好きになったのだ。
「ねえ…スガタ…。それなら…」
隣の部屋に声が漏れ聞こえないような小さな声で、彼の名を呼ぶ。
初めてしっかりと彼の手首を掴んだ、あの滑らかな感触を思い出す。
「スガタは…その人のこと、どう思ってる…?」
本当に。
出逢ったあの日から、こんなにも彼のことを想っているのに。
どうして、これほどにも伝えられないのだろう。
END
ヘスガです。R-15です。スガタくんがものすごい鬱です。ついでに病んでます。
目の前にあるのは、檻。
空間を覆う、鳥籠。
喉を絞めつける首輪と、重苦しい自由を与える鎖。
沈む海のように、寝そべる床を満たす柔らかい布。
肢体中に、水のような空気がまとわりつく。
それらはまるで、自分を縛るさだめのようで。
なぜだか、心地よくさえ感じた。
「君は、自由になりたいとは思わないのかい?」
世界を、男の言葉が泳いでゆく。
「…別に。その必要性を感じませんから」
単純に、本心を述べる。
「君には、守りたいと思う少女がいるんだろう」
笑顔を絶やすことのない、許婚の顔が浮かんだ。
「…いますけど。でも、僕が自由になる必要はどこにもない」
彼女が自由になれば、それでいい。
「君が自由になれば、君は島の外でも彼女を守れる」
男の声が、すぐ傍へと近づく。
「…外で彼女を守るのは、僕じゃありませんよ」
そう、外で彼女を守るのは自分ではない。
その役目はもっと、自由に羽ばたくことのできる者に託すべきだ。
「でも本心では、君は、ずっと彼女を守っていきたいと思っている」
ジャラリ、と鎖が悲鳴を上げる。
「それは――…」
自分の身体が、悲鳴に従って床を離れた。掌に、細く冷たい金属が満ちる。
「だからこそ君は、大切な友人たちを裏切った。…そうだろう?」
闇に映える白い男の手が、自分の顔の向きを操った。
「…ひとつ、言っておくよ」
ゆるりと息が塞がれて、口中を熱気が満たす。
「君は明日、永遠に俺のものになる。
君が思っているよりもずっと、彼らとはひどい別れ方をするだろう」
熱が、首元へと滑る、少し考えて、目蓋を閉じた。
「…それも、存外いいのかもしれない…」
背中や腿の裏を、男の指先がなぞっていく。
「あなたのもとで彼らと別れられるのなら、僕は――…」
世界に対する諦めと絶望とを共有する、この男なら。
「嬉しいな。君は、そこまで俺を愛してくれているのかい?」
心臓のある場所に、男の唇が吸いつけられる。
時間を失くしたような感覚が脳を席巻する。
抵抗する気も起きず、されるがままに肢体を預けた。
「…違います、よ…。僕は、誰も愛してなどいない…」
そう指摘した、この男と同じ血を引くらしい少年の声が反芻する。
「確かにね。確かに君は誰も愛していない。そんな風に見える…」
そしてそれは、自分自身でさえも。
夕焼け色をした声が耳に絡みつき、新たな檻を形成する。
「でも君は、少女を守りたいと願っている」
檻は鳥籠となり、今以上に自分を束縛する。
「それに、君は今の状況が君自身の執着であることを理解していない。
君は、この世界への諦めと絶望を忘れられる、この時間に執着している」
破綻した男の声が、頭に響く。
「君は心のどこかで、俺に執着している」
男の指先が肢体を離れ、鎖と共に再び布の上へと落ちた。
同時に、「そういえば、この場所に今と同じ恰好で閉じ込められたのは何度目だろう」と考える。
「…根拠は、どこにあるんです?」
先程まで高い場所にあった男の瞳が、自分と同じ目線へと移動する。
操られた右腕が鳥籠の外へと出て、手の甲にひとつの熱を感じた。
「簡単なことだよ」
男は、先程までと変わらず静かに微笑む。
「こんなに酷い仕打ちの趣味に付き合わされてまでこの鳥籠から出ない人間は、
相当な被虐趣味か、俺のことを愛してくれるような人間だけだからさ」
闇の中で微笑む男の瞳は、なぜだか、どこか淋しそうに見えた。
ふたりの友人と別れ、高い場所からひとり海を見渡す。
夕日に染まる風を受けて、自分の髪がふわりと揺れた。
ふと思い立って、夕焼けの海を四本の指に閉じ込める。
彼はいつも、こんな風に世界を閉じ込めては、自分のものにしていた。
それならば、この腕をそのまま動かしてみてはどうだろう。
もしこの四角の中に、彼が座っていたベンチを映したとしたら、どうなるのだろう。
そう思って、しかしすぐに腕を下ろす。
もう、遅い。
幾度も囚われた肢体。
それに抵抗しなかった自分。
平時にさえ首元に感じる痛み。
送られてきた一枚の絵。
そして、脳裏を離れることのない、名も知らぬ男の顔。
「僕は…もうすでにあなたのものになっている、というわけですか――…」
自分の頬を熱い何かが伝い、震える唇が嗤うように両端へと引かれた。
魚の惑星の王は、ひとりの男に恋をした。
王は孤独だったから、
自分を利用しようとするつもりで近づいてきたその男を拒まなかった。
男が、王に対して利己心以外の執着心を持っていたかどうかはわからない。
しかし王は、いつの間にか男に惹かれていた。
自分と同じ孤独な眼をした、その男に。
惹かれていた。
この世界への諦めと絶望を唯一共有することのできる、その彼に――。
END
目の前にあるのは、檻。
空間を覆う、鳥籠。
喉を絞めつける首輪と、重苦しい自由を与える鎖。
沈む海のように、寝そべる床を満たす柔らかい布。
肢体中に、水のような空気がまとわりつく。
それらはまるで、自分を縛るさだめのようで。
なぜだか、心地よくさえ感じた。
「君は、自由になりたいとは思わないのかい?」
世界を、男の言葉が泳いでゆく。
「…別に。その必要性を感じませんから」
単純に、本心を述べる。
「君には、守りたいと思う少女がいるんだろう」
笑顔を絶やすことのない、許婚の顔が浮かんだ。
「…いますけど。でも、僕が自由になる必要はどこにもない」
彼女が自由になれば、それでいい。
「君が自由になれば、君は島の外でも彼女を守れる」
男の声が、すぐ傍へと近づく。
「…外で彼女を守るのは、僕じゃありませんよ」
そう、外で彼女を守るのは自分ではない。
その役目はもっと、自由に羽ばたくことのできる者に託すべきだ。
「でも本心では、君は、ずっと彼女を守っていきたいと思っている」
ジャラリ、と鎖が悲鳴を上げる。
「それは――…」
自分の身体が、悲鳴に従って床を離れた。掌に、細く冷たい金属が満ちる。
「だからこそ君は、大切な友人たちを裏切った。…そうだろう?」
闇に映える白い男の手が、自分の顔の向きを操った。
「…ひとつ、言っておくよ」
ゆるりと息が塞がれて、口中を熱気が満たす。
「君は明日、永遠に俺のものになる。
君が思っているよりもずっと、彼らとはひどい別れ方をするだろう」
熱が、首元へと滑る、少し考えて、目蓋を閉じた。
「…それも、存外いいのかもしれない…」
背中や腿の裏を、男の指先がなぞっていく。
「あなたのもとで彼らと別れられるのなら、僕は――…」
世界に対する諦めと絶望とを共有する、この男なら。
「嬉しいな。君は、そこまで俺を愛してくれているのかい?」
心臓のある場所に、男の唇が吸いつけられる。
時間を失くしたような感覚が脳を席巻する。
抵抗する気も起きず、されるがままに肢体を預けた。
「…違います、よ…。僕は、誰も愛してなどいない…」
そう指摘した、この男と同じ血を引くらしい少年の声が反芻する。
「確かにね。確かに君は誰も愛していない。そんな風に見える…」
そしてそれは、自分自身でさえも。
夕焼け色をした声が耳に絡みつき、新たな檻を形成する。
「でも君は、少女を守りたいと願っている」
檻は鳥籠となり、今以上に自分を束縛する。
「それに、君は今の状況が君自身の執着であることを理解していない。
君は、この世界への諦めと絶望を忘れられる、この時間に執着している」
破綻した男の声が、頭に響く。
「君は心のどこかで、俺に執着している」
男の指先が肢体を離れ、鎖と共に再び布の上へと落ちた。
同時に、「そういえば、この場所に今と同じ恰好で閉じ込められたのは何度目だろう」と考える。
「…根拠は、どこにあるんです?」
先程まで高い場所にあった男の瞳が、自分と同じ目線へと移動する。
操られた右腕が鳥籠の外へと出て、手の甲にひとつの熱を感じた。
「簡単なことだよ」
男は、先程までと変わらず静かに微笑む。
「こんなに酷い仕打ちの趣味に付き合わされてまでこの鳥籠から出ない人間は、
相当な被虐趣味か、俺のことを愛してくれるような人間だけだからさ」
闇の中で微笑む男の瞳は、なぜだか、どこか淋しそうに見えた。
ふたりの友人と別れ、高い場所からひとり海を見渡す。
夕日に染まる風を受けて、自分の髪がふわりと揺れた。
ふと思い立って、夕焼けの海を四本の指に閉じ込める。
彼はいつも、こんな風に世界を閉じ込めては、自分のものにしていた。
それならば、この腕をそのまま動かしてみてはどうだろう。
もしこの四角の中に、彼が座っていたベンチを映したとしたら、どうなるのだろう。
そう思って、しかしすぐに腕を下ろす。
もう、遅い。
幾度も囚われた肢体。
それに抵抗しなかった自分。
平時にさえ首元に感じる痛み。
送られてきた一枚の絵。
そして、脳裏を離れることのない、名も知らぬ男の顔。
「僕は…もうすでにあなたのものになっている、というわけですか――…」
自分の頬を熱い何かが伝い、震える唇が嗤うように両端へと引かれた。
魚の惑星の王は、ひとりの男に恋をした。
王は孤独だったから、
自分を利用しようとするつもりで近づいてきたその男を拒まなかった。
男が、王に対して利己心以外の執着心を持っていたかどうかはわからない。
しかし王は、いつの間にか男に惹かれていた。
自分と同じ孤独な眼をした、その男に。
惹かれていた。
この世界への諦めと絶望を唯一共有することのできる、その彼に――。
END
スタドラ前世ネタ小説第9話後篇です。
――――――――――――――
夜の風が、〈王の宮〉入口付近を吹き抜ける。腰に下げた剣が、カタカタと音をたてた。
この〈王の宮〉には、自分と同い年の少年がずっと幽閉されているという。神堂廉堅――。遠い、南の島を故郷に持つ少年。しかし彼はそれだけでなく、その島の〈王〉であるという。それが、この〈宮〉に囚われている理由であるらしい。
普段二人の少女が交代で夜番を兼ねているこの場所には、現在自分を含めた七人の人間が面をつけて立っている。
「あらぁ…、ただの神官長とただの地主がこんな所に何の用かしら…?警備は戦い専門の私たちに任せて、あなたたちは執務に戻ったらどう?」
「そちらこそ。いったい何の用ですか?全ての神域警護の特権は、私たちにあるのですよ」
「それ、誰も認めてないから。現に衛士の選出は各方角に任せられてるじゃない」
「今はそのようなことを言い争っている時ではないと思うが。共同でこの場所の警備を任されている…それで充分だろう」
神官長の言い分に、二人の地主が押し黙る。…まあ、言い争っている地主の片方が自分の主であるとはいえ、確かに職務中の私語は慎むべきだ。
髪が長い方の地主――つまり自分の主である佳奈子が、悪戯っぽい笑みを浮かべてもう一人の地主を見る。
「ねえ、あなた。気にならない?」
「…何が」
衛士も務める〈西〉の地主は、さっきの言い争いを止められたのが気に入らないのか不機嫌な声で返答する。まったく、自業自得だというのに。
対して奥様の方は、何かを言い含めるかのようにいつもより増して無駄に妖艶な唇を動かした。
「〈宮〉の中で何が行われているのか。頭領はどうして〈西〉の神官長を連れて中に入ったのか。それから――神堂廉堅は無事なのか」
紅を唇に差した〈西〉の女の顔が、一瞬驚愕に染まる。しかしすぐに元の表情を取り戻すと、自分を驚かせた女に対し警戒しながら口を開いた。
「あんた…何でそんなこと知ってんの」
「あら、知らなかったわよ。ただ、少しカマを掛けて見ただけ。…やっぱり、あなたもあの子と同じか。ああ、気にしなくていいのよ。…私たちも、最近この綺羅星派にずっと居続けることに対して疑問があってね」
やはり、佳奈子の考えていることは未だにわからない。だが、もしかしたら彼らが自分達と目的を同じくしてここに来たらしいということは分かった。
奥様は、先ほどの悪戯っぽい声から声を一変させた真剣なものへと変化させていった。
「幸い、ここにいるのは島の人たちから無理やり奪ったものにしろ、〈戦士〉のシルシを持っているものばかり。しかもそのうち二人は剣士よ。格闘ができる人だって私を含めて二人いるわ。馬を自在に操れる人もいる。…これに、何の文句があって?」
「奥様」
異国の風体をした少女――シモーヌが、一歩だけ主に近づく。
「…私は、何もできませんが。それから、ただの薬師に何か戦闘的なことができるとは思えません」
〈東〉の神官長に、ふと視線を滑らせる。…気のせいだろうか。目が合ったと思った瞬間、彼女の頬が赤く染まった。
「そうね…シモーヌ。それなら、あなたはそこの薬師さんと一緒に〈四方の巫女〉を保護してちょうだい。もしかしたらあの子――契封も、罠に嵌められているかもしれない。…あとの人たちは、巧人くんに加勢よ」
綱司巧人は自分たちの旧友であり、〈北〉の代表である雅零智の息子だ。しかし数年前に父親と絶縁して出奔し、今は夜間飛行側についている。そのため、見せしめと称されて今まさに彼は〈宮〉の中に拘束されているはずだ。
「巧人くんが、ただの拘束なんかに負けるわけがない。だから――それを信じているからこそ、私たちはここに来た」
先ほどまで対立していた二人の女の口元に、同じような笑みが浮かぶ。二人を中心に残る五人が歩を進め、〈宮〉の中へと続く闇を見据える。
「皆、分かってるわね?おそらく奴は、綺羅星規約第十一条に反しています。もし何かあったら、即刻除籍処分を行うわ」
全員の表情を覆っていた面が地に落ち、思い思いのままに砕かれる。
「もうこれ以上、周囲の人間を冒涜し、善良な南十字島民を苦しめる〈北〉派を野放しにはしておけません。大丈夫、私たちは性根の腐りきったアイツらとは違う。私たちの中には、まだ輝きが残っている!」
七人の先頭に立つ女が、右手を上げる。
「さあ、行くわよ―――綺羅星!」
「「「「「「綺羅星!!」」」」」」
北天に臨む七つの星が、ひときわ激しく綺羅めいた。
――――――――――――
息ができない。〈宮〉の風景がぼやけて見える。首だけでなく体全体を黒い影に圧迫されているのか、腕も足も動かせない。
あれから、どうなったろう。
和瑚は。瑞瑙ちゃんは。真璃乃ちゃんは。〈気多の巫女〉は。それから、廉堅は。
慎重に、未だ影に覆われていない手首を動かす。
すると、驚いたことに自由に動かせるようになっていた。幸か不幸かはわからないが、どうやらこの身にまとわりつく影が手首を拘束している布を切り取ってくれたらしい。
ニヤリ、と自分の口角が不敵に上がる。
これなら、やれる。
やれそうな気がする。
やれそうな気がする時は―――やれる。
「う…おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」
影を無理やり足で蹴り上げ、宙で逆転し体勢を立て直す。ざっと〈宮〉の中を見渡してみたところ、どうやら主犯の奴以外は全員が影に捕らわれているらしい。
自分を監視していた女から、瑞瑙を羽交い締めにしていた女から、剣をひと振りずつ奪い取る。何とかまとわりつこうとしてくる影を切り裂き、いつも二刀流を使う時に立つ姿勢を取りなおした。右の剣を肩に、左の剣を斜め左下の地面に向ける。そうして落ち着くと、今まで見えなかったものまで見えてくる。
「逆境を跳ね返すか…。やはりお前は綱司家の子供だな。だが、〈四方の巫女〉と〈王〉は相変わらず俺と〈魔女〉の手にある。三つ目の眼を開いた〈魔女〉は船を手に入れるため、〈巫女〉の封印を破り、〈王〉を覚醒させようとするぞ!」
部屋の中央で崩れ落ちていた少女が、黒い影に包まれてゆっくりと立ち上がる。
「そうなれば神堂廉堅は〈魔女〉に操られ、完全な〈王〉となる!彼は永遠に〈魔女〉の呪詛を受け続け、〈船〉に囚われ生き続けるだろう。そして〈船〉は、これから先も動き続けるためこの空の下に生きる数多の魂を吸いつくす!」
〈宮〉の中に、狂った叫びが木霊する。
「だめ…!そんなことしたら、この世界が死んじゃう…!!」
かろうじて声を上げた和瑚が、蒼白な顔で唇を動かす。
「貴…様…!それが目的か…!!私のことも、騙していたのかあああっ!!!」
ふざけるな。契封が憎々しげに男に向かって叫ぶ。少女の叫びが響く中、闇の中から壮年の男が顔を出した。
「――…時生。その時はお前も死ぬんだぞ。それでいいのか」
「何だ、まだそこにいたのか。…梁介さん。俺はこの世界が死ぬほど嫌いでね。いつかひとりで勝手に死のうと思ってたんだ。でも、ただ死ぬんじゃつまらない。ならばいっそ、この世界ごと壊してしまおう。そう思ったんだ」
延々と自己満足を吐く男に、自然と口が開く。先ほどまでは様子見に徹していたが、もう我慢ならない。
「意味…わかんねえよ!!」
「―――本っ当よね!!」
男の背後に、新たな人影が姿を現す。
「クソッ…。結局オレたちは利用されただけなのかよっ…!」
体つきのいい青年が、悪態をつく。
最近は見かけても声を掛けていなかった、綺羅星派に所属する旧友たち。馬まで連れた、無茶苦茶な彼らの姿がそこにあった。
「久しぶりね、巧人くん。何年ぶりかしら?」
「ほら、綱司くん。健康管理ちゃんとしてる?怠けてるとモテないぞー」
「…お久しぶりです」
「元気かー?今は新しい三人組で頑張ってるんだって?」
「お久しぶりですね。今度、また手合わせを願えますか?あなたの二刀流、楽しみです」
「お前、そんな自己流の鍛練ばっかで大丈夫かー?何なら、今度おれの道場に来いよ。歓迎するぜ」
「まったく…何やってるんだよ、巧人!」
和瑚や廉堅…夜間飛行の仲間たちと同じくらい頼もしい、七人の旧友。おそらく自分を含めた八人の誰もが、仲の良かった過去を振り返ることさえ許されなかった。
必殺の拳を持った有力豪族の奥方――渡辺佳奈子。
美少年大好きな薬師――ミドリ。
佳奈子の侍女――シモーヌ。
馬好きの青年――徹哉。
佳奈子付きの剣士――恭司。
格闘好きな徹哉の相方――譲治。
そして、この中で唯一自分とも廉堅とも深い交友関係を持っていた女剣士――紅央。
「綺羅星派がつけられなかった落とし前は…」
「私たちが責任持ってつけるよ!巧人!!」
それを見てか、〈宮〉の中に再び男の笑い声が響く。
「俺の真の目的に気づき、役目を放棄してここまで来たか!牢獄の番人どもめ!それに、落とし前だって?本当に鈍いな!お前たちは。何が綺羅星だ、バカバカしい!!」
男の声に眉を潜め、先頭に立った佳奈子が片腕を高く上げる。
「行くわよ――皆!!」
掛け声と同時に、七人の男女が雪崩れ込む。辛うじて入って来られた馬が影に占領された床を踏み荒らし、その場は混乱状態に陥った。
騒ぎによって影から解放された男三人はとっさに武器を構え、捕らわれていた和瑚や〈気多の巫女〉が解放された。そこへ紅央と恭司がすべりこみ、戦いへと移行する。剣を奪われたことに気付いた少女二人は一瞬にして佳奈子と譲治から拳を受け、倒れこんだ。
「美しいねえ。勢いで何でも乗りきれると思っているその若さは!!」
「黙れよ!…クソ親父…!!」
爪先に力をこめ、最早父とも思えない男へと剣先を向ける。男は星の剣を床に突き刺したまま、腰に下げた二振りの剣を引き抜いた。
「やかましいガキだ…」
刹那に間合いが消失し、剣戟の音が鳴り渡る。
「俺とお前は同じ男から二刀流を教わった!ならば、ここで決着をつけようじゃないか!!」
年齢による圧倒的な力の差を思い知らされる剣が、身体を元いた方向へと押し戻す。だがそんなものは関係ないと、もう一度男に剣を向けた。雄叫びをあげ、剣を大きく十文字に振り払う。
しかし、敵わない。
いつの間にか剣は二振りとも手を離れ、地に落ちた。
「終わりだ!綱司家のシルシ持ちめ!!」
剣先が、眼前へと迫る。
もう終わりだ、と思った瞬間。目の前に見慣れた何かが滑りこんだ。
「――な…んだと…?」
視界が、少女の背中で覆われる。見れば和瑚が、落ちていた鞘で男が向ける剣の切っ先を受け止めていた。
「和瑚…!!」
「〈皆水の巫女〉…!〈魔女〉の拘束から抜け出してきたのか…!!」
名前を呼ぶが、少女は振り返らない。切っ先を受け止めることに集中しているのだ。
「…今ので、よく分かったわ。あなたは巧人くんの父親なんかじゃない。名前も呼ばない…自分の息子を何とも思わずに殺そうとする…。そんなの、父親なんかじゃない!!」
和瑚の持つ木製の鞘の切っ先が、ピキリと音を立てる。
「和瑚っ!」
少女の足が、少しだけ後ろへとすべる。――押されている。
「あなたには、もう他人の名前を呼ぶ資格なんてない!!」
「それがなんだ!!」
鞘の割れていく音が、嫌に耳へと突き刺さる。
「だから――彼の名前は、彼の“真名”は私が呼ぶ!!」
切っ先が木に食い込み、鞘が完全に砕け散る。男の叫びが、狂気を増す。
「さあ――祭りは終わりだ!」
「ああ、終わりだ!」
「綱司――“託斗”くん!!!」
近くにあった剣と鞘で、男の剣二振りを弾き飛ばした。
胸が熱い。
皮膚に刻まれた斜め十字の傷が、紅い光を帯びている。
両手の得物を捨て、右手を握りしめて拳をつくる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
思いと魂の全てを込めた渾身の一撃。
それは“死”に囚われた男の顔に、壮絶にめり込んだ―――。
人生という冒険は…。
――――――――――――――
夜の風が、〈王の宮〉入口付近を吹き抜ける。腰に下げた剣が、カタカタと音をたてた。
この〈王の宮〉には、自分と同い年の少年がずっと幽閉されているという。神堂廉堅――。遠い、南の島を故郷に持つ少年。しかし彼はそれだけでなく、その島の〈王〉であるという。それが、この〈宮〉に囚われている理由であるらしい。
普段二人の少女が交代で夜番を兼ねているこの場所には、現在自分を含めた七人の人間が面をつけて立っている。
「あらぁ…、ただの神官長とただの地主がこんな所に何の用かしら…?警備は戦い専門の私たちに任せて、あなたたちは執務に戻ったらどう?」
「そちらこそ。いったい何の用ですか?全ての神域警護の特権は、私たちにあるのですよ」
「それ、誰も認めてないから。現に衛士の選出は各方角に任せられてるじゃない」
「今はそのようなことを言い争っている時ではないと思うが。共同でこの場所の警備を任されている…それで充分だろう」
神官長の言い分に、二人の地主が押し黙る。…まあ、言い争っている地主の片方が自分の主であるとはいえ、確かに職務中の私語は慎むべきだ。
髪が長い方の地主――つまり自分の主である佳奈子が、悪戯っぽい笑みを浮かべてもう一人の地主を見る。
「ねえ、あなた。気にならない?」
「…何が」
衛士も務める〈西〉の地主は、さっきの言い争いを止められたのが気に入らないのか不機嫌な声で返答する。まったく、自業自得だというのに。
対して奥様の方は、何かを言い含めるかのようにいつもより増して無駄に妖艶な唇を動かした。
「〈宮〉の中で何が行われているのか。頭領はどうして〈西〉の神官長を連れて中に入ったのか。それから――神堂廉堅は無事なのか」
紅を唇に差した〈西〉の女の顔が、一瞬驚愕に染まる。しかしすぐに元の表情を取り戻すと、自分を驚かせた女に対し警戒しながら口を開いた。
「あんた…何でそんなこと知ってんの」
「あら、知らなかったわよ。ただ、少しカマを掛けて見ただけ。…やっぱり、あなたもあの子と同じか。ああ、気にしなくていいのよ。…私たちも、最近この綺羅星派にずっと居続けることに対して疑問があってね」
やはり、佳奈子の考えていることは未だにわからない。だが、もしかしたら彼らが自分達と目的を同じくしてここに来たらしいということは分かった。
奥様は、先ほどの悪戯っぽい声から声を一変させた真剣なものへと変化させていった。
「幸い、ここにいるのは島の人たちから無理やり奪ったものにしろ、〈戦士〉のシルシを持っているものばかり。しかもそのうち二人は剣士よ。格闘ができる人だって私を含めて二人いるわ。馬を自在に操れる人もいる。…これに、何の文句があって?」
「奥様」
異国の風体をした少女――シモーヌが、一歩だけ主に近づく。
「…私は、何もできませんが。それから、ただの薬師に何か戦闘的なことができるとは思えません」
〈東〉の神官長に、ふと視線を滑らせる。…気のせいだろうか。目が合ったと思った瞬間、彼女の頬が赤く染まった。
「そうね…シモーヌ。それなら、あなたはそこの薬師さんと一緒に〈四方の巫女〉を保護してちょうだい。もしかしたらあの子――契封も、罠に嵌められているかもしれない。…あとの人たちは、巧人くんに加勢よ」
綱司巧人は自分たちの旧友であり、〈北〉の代表である雅零智の息子だ。しかし数年前に父親と絶縁して出奔し、今は夜間飛行側についている。そのため、見せしめと称されて今まさに彼は〈宮〉の中に拘束されているはずだ。
「巧人くんが、ただの拘束なんかに負けるわけがない。だから――それを信じているからこそ、私たちはここに来た」
先ほどまで対立していた二人の女の口元に、同じような笑みが浮かぶ。二人を中心に残る五人が歩を進め、〈宮〉の中へと続く闇を見据える。
「皆、分かってるわね?おそらく奴は、綺羅星規約第十一条に反しています。もし何かあったら、即刻除籍処分を行うわ」
全員の表情を覆っていた面が地に落ち、思い思いのままに砕かれる。
「もうこれ以上、周囲の人間を冒涜し、善良な南十字島民を苦しめる〈北〉派を野放しにはしておけません。大丈夫、私たちは性根の腐りきったアイツらとは違う。私たちの中には、まだ輝きが残っている!」
七人の先頭に立つ女が、右手を上げる。
「さあ、行くわよ―――綺羅星!」
「「「「「「綺羅星!!」」」」」」
北天に臨む七つの星が、ひときわ激しく綺羅めいた。
――――――――――――
息ができない。〈宮〉の風景がぼやけて見える。首だけでなく体全体を黒い影に圧迫されているのか、腕も足も動かせない。
あれから、どうなったろう。
和瑚は。瑞瑙ちゃんは。真璃乃ちゃんは。〈気多の巫女〉は。それから、廉堅は。
慎重に、未だ影に覆われていない手首を動かす。
すると、驚いたことに自由に動かせるようになっていた。幸か不幸かはわからないが、どうやらこの身にまとわりつく影が手首を拘束している布を切り取ってくれたらしい。
ニヤリ、と自分の口角が不敵に上がる。
これなら、やれる。
やれそうな気がする。
やれそうな気がする時は―――やれる。
「う…おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」
影を無理やり足で蹴り上げ、宙で逆転し体勢を立て直す。ざっと〈宮〉の中を見渡してみたところ、どうやら主犯の奴以外は全員が影に捕らわれているらしい。
自分を監視していた女から、瑞瑙を羽交い締めにしていた女から、剣をひと振りずつ奪い取る。何とかまとわりつこうとしてくる影を切り裂き、いつも二刀流を使う時に立つ姿勢を取りなおした。右の剣を肩に、左の剣を斜め左下の地面に向ける。そうして落ち着くと、今まで見えなかったものまで見えてくる。
「逆境を跳ね返すか…。やはりお前は綱司家の子供だな。だが、〈四方の巫女〉と〈王〉は相変わらず俺と〈魔女〉の手にある。三つ目の眼を開いた〈魔女〉は船を手に入れるため、〈巫女〉の封印を破り、〈王〉を覚醒させようとするぞ!」
部屋の中央で崩れ落ちていた少女が、黒い影に包まれてゆっくりと立ち上がる。
「そうなれば神堂廉堅は〈魔女〉に操られ、完全な〈王〉となる!彼は永遠に〈魔女〉の呪詛を受け続け、〈船〉に囚われ生き続けるだろう。そして〈船〉は、これから先も動き続けるためこの空の下に生きる数多の魂を吸いつくす!」
〈宮〉の中に、狂った叫びが木霊する。
「だめ…!そんなことしたら、この世界が死んじゃう…!!」
かろうじて声を上げた和瑚が、蒼白な顔で唇を動かす。
「貴…様…!それが目的か…!!私のことも、騙していたのかあああっ!!!」
ふざけるな。契封が憎々しげに男に向かって叫ぶ。少女の叫びが響く中、闇の中から壮年の男が顔を出した。
「――…時生。その時はお前も死ぬんだぞ。それでいいのか」
「何だ、まだそこにいたのか。…梁介さん。俺はこの世界が死ぬほど嫌いでね。いつかひとりで勝手に死のうと思ってたんだ。でも、ただ死ぬんじゃつまらない。ならばいっそ、この世界ごと壊してしまおう。そう思ったんだ」
延々と自己満足を吐く男に、自然と口が開く。先ほどまでは様子見に徹していたが、もう我慢ならない。
「意味…わかんねえよ!!」
「―――本っ当よね!!」
男の背後に、新たな人影が姿を現す。
「クソッ…。結局オレたちは利用されただけなのかよっ…!」
体つきのいい青年が、悪態をつく。
最近は見かけても声を掛けていなかった、綺羅星派に所属する旧友たち。馬まで連れた、無茶苦茶な彼らの姿がそこにあった。
「久しぶりね、巧人くん。何年ぶりかしら?」
「ほら、綱司くん。健康管理ちゃんとしてる?怠けてるとモテないぞー」
「…お久しぶりです」
「元気かー?今は新しい三人組で頑張ってるんだって?」
「お久しぶりですね。今度、また手合わせを願えますか?あなたの二刀流、楽しみです」
「お前、そんな自己流の鍛練ばっかで大丈夫かー?何なら、今度おれの道場に来いよ。歓迎するぜ」
「まったく…何やってるんだよ、巧人!」
和瑚や廉堅…夜間飛行の仲間たちと同じくらい頼もしい、七人の旧友。おそらく自分を含めた八人の誰もが、仲の良かった過去を振り返ることさえ許されなかった。
必殺の拳を持った有力豪族の奥方――渡辺佳奈子。
美少年大好きな薬師――ミドリ。
佳奈子の侍女――シモーヌ。
馬好きの青年――徹哉。
佳奈子付きの剣士――恭司。
格闘好きな徹哉の相方――譲治。
そして、この中で唯一自分とも廉堅とも深い交友関係を持っていた女剣士――紅央。
「綺羅星派がつけられなかった落とし前は…」
「私たちが責任持ってつけるよ!巧人!!」
それを見てか、〈宮〉の中に再び男の笑い声が響く。
「俺の真の目的に気づき、役目を放棄してここまで来たか!牢獄の番人どもめ!それに、落とし前だって?本当に鈍いな!お前たちは。何が綺羅星だ、バカバカしい!!」
男の声に眉を潜め、先頭に立った佳奈子が片腕を高く上げる。
「行くわよ――皆!!」
掛け声と同時に、七人の男女が雪崩れ込む。辛うじて入って来られた馬が影に占領された床を踏み荒らし、その場は混乱状態に陥った。
騒ぎによって影から解放された男三人はとっさに武器を構え、捕らわれていた和瑚や〈気多の巫女〉が解放された。そこへ紅央と恭司がすべりこみ、戦いへと移行する。剣を奪われたことに気付いた少女二人は一瞬にして佳奈子と譲治から拳を受け、倒れこんだ。
「美しいねえ。勢いで何でも乗りきれると思っているその若さは!!」
「黙れよ!…クソ親父…!!」
爪先に力をこめ、最早父とも思えない男へと剣先を向ける。男は星の剣を床に突き刺したまま、腰に下げた二振りの剣を引き抜いた。
「やかましいガキだ…」
刹那に間合いが消失し、剣戟の音が鳴り渡る。
「俺とお前は同じ男から二刀流を教わった!ならば、ここで決着をつけようじゃないか!!」
年齢による圧倒的な力の差を思い知らされる剣が、身体を元いた方向へと押し戻す。だがそんなものは関係ないと、もう一度男に剣を向けた。雄叫びをあげ、剣を大きく十文字に振り払う。
しかし、敵わない。
いつの間にか剣は二振りとも手を離れ、地に落ちた。
「終わりだ!綱司家のシルシ持ちめ!!」
剣先が、眼前へと迫る。
もう終わりだ、と思った瞬間。目の前に見慣れた何かが滑りこんだ。
「――な…んだと…?」
視界が、少女の背中で覆われる。見れば和瑚が、落ちていた鞘で男が向ける剣の切っ先を受け止めていた。
「和瑚…!!」
「〈皆水の巫女〉…!〈魔女〉の拘束から抜け出してきたのか…!!」
名前を呼ぶが、少女は振り返らない。切っ先を受け止めることに集中しているのだ。
「…今ので、よく分かったわ。あなたは巧人くんの父親なんかじゃない。名前も呼ばない…自分の息子を何とも思わずに殺そうとする…。そんなの、父親なんかじゃない!!」
和瑚の持つ木製の鞘の切っ先が、ピキリと音を立てる。
「和瑚っ!」
少女の足が、少しだけ後ろへとすべる。――押されている。
「あなたには、もう他人の名前を呼ぶ資格なんてない!!」
「それがなんだ!!」
鞘の割れていく音が、嫌に耳へと突き刺さる。
「だから――彼の名前は、彼の“真名”は私が呼ぶ!!」
切っ先が木に食い込み、鞘が完全に砕け散る。男の叫びが、狂気を増す。
「さあ――祭りは終わりだ!」
「ああ、終わりだ!」
「綱司――“託斗”くん!!!」
近くにあった剣と鞘で、男の剣二振りを弾き飛ばした。
胸が熱い。
皮膚に刻まれた斜め十字の傷が、紅い光を帯びている。
両手の得物を捨て、右手を握りしめて拳をつくる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
思いと魂の全てを込めた渾身の一撃。
それは“死”に囚われた男の顔に、壮絶にめり込んだ―――。
人生という冒険は…。
スタドラ前世ネタ小説第9話です。
両手首が痛い。背中も痛い。目を開けても暗闇しかない。ここは一体どこだろう。口の中が乾燥している。何かを詰め込まれているのだろうか。腰にいつもの重さがない。武器を奪われたのだろうか。結論、どうやら自分は捕えられているらしい。
「―――おや、お目覚めかい?」
耳に覚えがありすぎる、この声。
この世への絶望と、他人への無関心を含んだ、最も関わりを持ちたくない男の声。
数年前にこちらから縁の全てを断ち切った、忌まわしい父親の。
「…お前…!」
「巧人くん!!」
聞こえてきた声に、ハッとして顔を上げる。目隠しされているため周囲の様子はわからないが、どうやら和瑚もここに捕らわれているらしい。
思い立って、背中の後ろで縛られた手をもぞもぞと動かす。手首や肩に金属の棒が当たり、何かに縛られて固定されているということが分かる。
「おい!やめろよっ!!なにするんだよっ!!」
いつも元気な瑞瑙の声がする。彼女もここにいるのか。ということは、もしかしたら他の〈巫女〉たちもここにいるのかもしれない。
「……もう、いいだろう」
変に落ち着いた、聞き覚えのある低い、少年の声。
しかし、その声は真横から聞こえてくる。
普通の人間ならば、それが普通だ。
だがその声の主は、自分が横を向いたり彼が動いたりしない限りは、他人の真横から声を出すはずがない。
ましてや、この状況でその方向から声を出すことはできないはずだ。
「……そいつの目隠しと口封じを外してやれ」
感情の見えない声。
聞き間違えるはずもない。その声の主は確かに廉堅だ。
試しに鍵を隠してあるはずの左腰を探ってみる。しかし、そこに何かがある様子はない。
どうやら鍵は奪われてしまったらしい。
なるほど、奴らが鍵を開けたというのならうなずける。
だが、それならば何のために。
そして、彼から感じるこの違和感。まるで別人のような――。
「もうやめて!廉堅くん!どうして…どうしてなのっ!?」
「残念だったわね、和瑚!彼はもう誰のものでもない。もちろんあんたのものでもない!廉堅くんは私に永遠をくれた…。彼はもう、自由なのよ!」
視界を遮る布と口内を占めるきれが取り除かれ、五感が息を吹き返す。そうして見たのは、ほぼ予想通りの光景だった。
場所は、耳成山にある〈王の宮〉。
自分が固定されているのは、その中にある〈檻〉だ。
ちらりと左側を見ると、そこには抜き身の剣をこちらに向けて立つ少女がそこにいた。長い前髪を縦に巻いた豪族風の少女―――おそらく、昨晩襲って来たやつだ。
それから、捕えられた〈四方の巫女〉は契封を除いて三人。
〈気多の巫女〉は槍をもった青年に。
瑞瑙ちゃんは、中性的な髪の短い少女に。
和瑚は、鴉や蛇を身体にまとわりつかせた青年に、それぞれ拘束されている。
ついで、彼女たちから少し離れた通路側…つまり自分の対角線上に立っているのが名前を呼ぶのも忌々しい父親。
そして――。
ゆっくりと、首ごと右に視点をずらす。
自分より少し離れて、檻の外…部屋の角に立っている少年。
「…廉堅…」
綺羅星派についたからなのか、彼は以前とは恰好を異にしていた。
身につけた服はいにしえの帝のようで、色は大海の底とも夜空の果てとも取れる群青。
腰近くまであった前髪の中ほどに下向きの輪を作り、耳のあたりにある結い目を宝飾具で固定し、あとはそのまま下に垂らしている。
腰まである後ろ髪は緩く結んで背中に流し、頭上には槍の先を環状に組み合わせたような冠を載せていた。
しかし、それ以上に変わっていたのはその表情だ。
昨日までは確かに光を帯びていた瞳は生気を失い、感情の色が一切見えない。まるで何かが抜け落ちているように見えるが、廉堅の意識は確かに感じる。
胴と魂が別々に切り離されて動いているような――そんな様子だ。
「ずっと前から、私は廉堅くんを誘っていた!綺羅星派に入れば、廉堅くんはこの〈檻〉から出ることができるから…。だけど昨晩、彼はその申し出を受け入れてくれた!彼のためにずっと空けておいた、綺羅星派の長になろう…彼は、そう言ってくれたの!!」
狂気に踊った契封の声を聞きながら、おそらく全ての元凶であろう男の顔を睨みつける。しかし当の男はほくそ笑んでそれをかわし、気にも留めない。まったく、どこまでも憎たらしい奴だ。
そう思いつつ、両手の枷を外す作業に取り掛かる。
「さあ!〈巫女〉の封印を解くなら今じゃないの!?今が〈王の船〉解放の時よ!!」
「契封!!あなた…自分が何を言っているのか分かってるの!?あなたも〈巫女〉なら知っているはず。私たち〈巫女〉の役目は―――」
「私は…私はあなたとは違う!」
和瑚の必死の説得も、今の契封には効かない。
「理由もなく妥協して、諦めて、この国に囚われ続けるあなたとは違う!私は…理由があってここにいるの!ちゃんとした理由があるから!!」
少女が、優越と恋慕に染まった瞳で部屋の隅に立つ少年を見る。
「…それじゃあ、彼女のその“理由”に免じて、最後の祭りを始めようじゃないか。威雄!そこにいるんだろう?彼女を連れてここへ来てくれないか?」
通路の闇の中から、一人の少年と髪の長い少女が現れる。二人とも歳は自分と同じくらいだ。少年の方は小柄で細目であり、その上何か近づき難い雰囲気を醸し出している。
そして、少女の方は。
「真璃乃っ…!?どうして…!何で真璃乃がここにいるのっ…!?」
瑞瑙の双子の姉であり、〈日死の巫女〉の監視役でもある少女がそこにいた。
「契封!南十字島の表巫女としての君に感謝するよ。これで、もうひとりの〈日死の巫女〉である彼女も本望だろう」
真璃乃がうつむいて力を失い、部屋の中央へと崩れ落ちる。何とか両腕で身体を支えたものの、その表情や唇は青ざめ震えていた。
「…めんね…ごめんね瑞瑙…。私は…あなたのこと…守るつもりだったのに…」
白い頬を、一筋の雫が流れ落ちた。
「おいお前ら!真璃乃に…真璃乃に何したんだよっ!!」
瑞瑙の眼尻にも、玉のような涙が浮かぶ。
「別に?彼女が双子の妹を守りたいからって言うんで、少しだけ嘘を教えて呪詛の中核になってもらっただけさ。…そうだろう?もうひとりの〈日死の巫女〉さん。いや…〈魔女〉、と呼んだ方が正しいかな?」
真璃乃の下に、ぽたぽたと黒いしみが折り重なっていく。
「ねえ真璃乃!どういうことっ!?もうひとりの〈日死の巫女〉って何!?」
瑞瑙が身を乗り出して叫ぶ。しかし、誰も何も言わない。
そんな中、驚いたことに口を開いたのは和瑚だった。
「これは…伏せておかねばならなかったこと…だけど、もう、いいよね」
その場にいる、廉堅を除いた全員の視線が〈皆水の巫女〉へと注がれる。
「隠されてはいるけど…、〈日死の巫女〉は二人いるの…」
和瑚は、ただ淡々と言葉を紡いでいく。
「これは、覚醒した〈王〉と、島の表巫女しか知らないことなの。だから、瑞瑙ちゃんも知らされていなかった。それに、覚醒していない廉堅くんもまだ知らない…」
和瑚は一度口をつぐむと、再びゆっくりと開いた。
そして少女は、閉ざされていた禁忌を語りだす。
「もうひとりの〈日死の巫女〉はね…、本当は〈巫女〉じゃないの。でも、とても不思議な力を持っているから、いつしか〈巫女〉の一人に数えられるようになった。でも、その力は〈四方の巫女〉とは全く違う、むしろ敵対するような恐ろしいもの…。〈太陽〉を〈死〉に追いやる邪悪なもの…。絶対に目覚めさせてはいけない、この世の全ての邪悪を集めたような、いわば〈魔女〉…」
真璃乃の瞳から涙がこぼれて、床に新しい影のようなしみを形成していく。
「〈魔女〉は、全てを見通す宝石のような〈眼〉を三つ持ってる。でも、その〈魔女〉と関係を形成するためには、彼女に魂そのものを売らなければならないの…。そうして二つの〈眼〉を開いた〈魔女〉は、自分の目的を阻んでいる〈四方の巫女〉を見つけ出す」
和瑚の視線が、ゆっくりと自分以外の巫女を見渡し、廉堅のところに据わる。
「〈四方の巫女〉の居場所を掴んだ〈魔女〉は、次に三つ目の〈眼〉を開く。そうなると、もう手がつけられない。〈魔女〉は、〈四方の巫女〉の封印を解こうと手当たりしだいに周囲のものを破壊する。〈巫女〉も〈戦士〉も関係なく…。そしてそれが終わると、彼女はずっと求めていた〈王の船〉を手に入れようとするの…」
少女の涙の跡が、少女自身の影が、蠢く手のように彼女を中心に周囲の人間へと伸びて行く。最初は何の変化もないように見えたが、明らかにそれは意思を持って広がっていた。
「オイオイ…これは…」
ゴクリ、と唾を飲み込む。さすがに、早くこの枷を外さないとまずいだろう。
「どうやら、〈魔女〉は〈四方の巫女〉と〈王〉を探し当てたようだよ」
男は、自分に迫り来る影を一瞬で閃かせた剣で留めて嗤う。まるで金剛のような、星の光を具現化したようなその剣を地に突き立てたまま、男は続ける。
「〈四方の巫女〉、〈魔女〉、そして〈王〉…。全ての役者は揃った。ここからが――本当の祭りの始まりだ!!」
顔を上げた少女の額に、禍々しい三つ目の〈眼〉が見えた。
両手首が痛い。背中も痛い。目を開けても暗闇しかない。ここは一体どこだろう。口の中が乾燥している。何かを詰め込まれているのだろうか。腰にいつもの重さがない。武器を奪われたのだろうか。結論、どうやら自分は捕えられているらしい。
「―――おや、お目覚めかい?」
耳に覚えがありすぎる、この声。
この世への絶望と、他人への無関心を含んだ、最も関わりを持ちたくない男の声。
数年前にこちらから縁の全てを断ち切った、忌まわしい父親の。
「…お前…!」
「巧人くん!!」
聞こえてきた声に、ハッとして顔を上げる。目隠しされているため周囲の様子はわからないが、どうやら和瑚もここに捕らわれているらしい。
思い立って、背中の後ろで縛られた手をもぞもぞと動かす。手首や肩に金属の棒が当たり、何かに縛られて固定されているということが分かる。
「おい!やめろよっ!!なにするんだよっ!!」
いつも元気な瑞瑙の声がする。彼女もここにいるのか。ということは、もしかしたら他の〈巫女〉たちもここにいるのかもしれない。
「……もう、いいだろう」
変に落ち着いた、聞き覚えのある低い、少年の声。
しかし、その声は真横から聞こえてくる。
普通の人間ならば、それが普通だ。
だがその声の主は、自分が横を向いたり彼が動いたりしない限りは、他人の真横から声を出すはずがない。
ましてや、この状況でその方向から声を出すことはできないはずだ。
「……そいつの目隠しと口封じを外してやれ」
感情の見えない声。
聞き間違えるはずもない。その声の主は確かに廉堅だ。
試しに鍵を隠してあるはずの左腰を探ってみる。しかし、そこに何かがある様子はない。
どうやら鍵は奪われてしまったらしい。
なるほど、奴らが鍵を開けたというのならうなずける。
だが、それならば何のために。
そして、彼から感じるこの違和感。まるで別人のような――。
「もうやめて!廉堅くん!どうして…どうしてなのっ!?」
「残念だったわね、和瑚!彼はもう誰のものでもない。もちろんあんたのものでもない!廉堅くんは私に永遠をくれた…。彼はもう、自由なのよ!」
視界を遮る布と口内を占めるきれが取り除かれ、五感が息を吹き返す。そうして見たのは、ほぼ予想通りの光景だった。
場所は、耳成山にある〈王の宮〉。
自分が固定されているのは、その中にある〈檻〉だ。
ちらりと左側を見ると、そこには抜き身の剣をこちらに向けて立つ少女がそこにいた。長い前髪を縦に巻いた豪族風の少女―――おそらく、昨晩襲って来たやつだ。
それから、捕えられた〈四方の巫女〉は契封を除いて三人。
〈気多の巫女〉は槍をもった青年に。
瑞瑙ちゃんは、中性的な髪の短い少女に。
和瑚は、鴉や蛇を身体にまとわりつかせた青年に、それぞれ拘束されている。
ついで、彼女たちから少し離れた通路側…つまり自分の対角線上に立っているのが名前を呼ぶのも忌々しい父親。
そして――。
ゆっくりと、首ごと右に視点をずらす。
自分より少し離れて、檻の外…部屋の角に立っている少年。
「…廉堅…」
綺羅星派についたからなのか、彼は以前とは恰好を異にしていた。
身につけた服はいにしえの帝のようで、色は大海の底とも夜空の果てとも取れる群青。
腰近くまであった前髪の中ほどに下向きの輪を作り、耳のあたりにある結い目を宝飾具で固定し、あとはそのまま下に垂らしている。
腰まである後ろ髪は緩く結んで背中に流し、頭上には槍の先を環状に組み合わせたような冠を載せていた。
しかし、それ以上に変わっていたのはその表情だ。
昨日までは確かに光を帯びていた瞳は生気を失い、感情の色が一切見えない。まるで何かが抜け落ちているように見えるが、廉堅の意識は確かに感じる。
胴と魂が別々に切り離されて動いているような――そんな様子だ。
「ずっと前から、私は廉堅くんを誘っていた!綺羅星派に入れば、廉堅くんはこの〈檻〉から出ることができるから…。だけど昨晩、彼はその申し出を受け入れてくれた!彼のためにずっと空けておいた、綺羅星派の長になろう…彼は、そう言ってくれたの!!」
狂気に踊った契封の声を聞きながら、おそらく全ての元凶であろう男の顔を睨みつける。しかし当の男はほくそ笑んでそれをかわし、気にも留めない。まったく、どこまでも憎たらしい奴だ。
そう思いつつ、両手の枷を外す作業に取り掛かる。
「さあ!〈巫女〉の封印を解くなら今じゃないの!?今が〈王の船〉解放の時よ!!」
「契封!!あなた…自分が何を言っているのか分かってるの!?あなたも〈巫女〉なら知っているはず。私たち〈巫女〉の役目は―――」
「私は…私はあなたとは違う!」
和瑚の必死の説得も、今の契封には効かない。
「理由もなく妥協して、諦めて、この国に囚われ続けるあなたとは違う!私は…理由があってここにいるの!ちゃんとした理由があるから!!」
少女が、優越と恋慕に染まった瞳で部屋の隅に立つ少年を見る。
「…それじゃあ、彼女のその“理由”に免じて、最後の祭りを始めようじゃないか。威雄!そこにいるんだろう?彼女を連れてここへ来てくれないか?」
通路の闇の中から、一人の少年と髪の長い少女が現れる。二人とも歳は自分と同じくらいだ。少年の方は小柄で細目であり、その上何か近づき難い雰囲気を醸し出している。
そして、少女の方は。
「真璃乃っ…!?どうして…!何で真璃乃がここにいるのっ…!?」
瑞瑙の双子の姉であり、〈日死の巫女〉の監視役でもある少女がそこにいた。
「契封!南十字島の表巫女としての君に感謝するよ。これで、もうひとりの〈日死の巫女〉である彼女も本望だろう」
真璃乃がうつむいて力を失い、部屋の中央へと崩れ落ちる。何とか両腕で身体を支えたものの、その表情や唇は青ざめ震えていた。
「…めんね…ごめんね瑞瑙…。私は…あなたのこと…守るつもりだったのに…」
白い頬を、一筋の雫が流れ落ちた。
「おいお前ら!真璃乃に…真璃乃に何したんだよっ!!」
瑞瑙の眼尻にも、玉のような涙が浮かぶ。
「別に?彼女が双子の妹を守りたいからって言うんで、少しだけ嘘を教えて呪詛の中核になってもらっただけさ。…そうだろう?もうひとりの〈日死の巫女〉さん。いや…〈魔女〉、と呼んだ方が正しいかな?」
真璃乃の下に、ぽたぽたと黒いしみが折り重なっていく。
「ねえ真璃乃!どういうことっ!?もうひとりの〈日死の巫女〉って何!?」
瑞瑙が身を乗り出して叫ぶ。しかし、誰も何も言わない。
そんな中、驚いたことに口を開いたのは和瑚だった。
「これは…伏せておかねばならなかったこと…だけど、もう、いいよね」
その場にいる、廉堅を除いた全員の視線が〈皆水の巫女〉へと注がれる。
「隠されてはいるけど…、〈日死の巫女〉は二人いるの…」
和瑚は、ただ淡々と言葉を紡いでいく。
「これは、覚醒した〈王〉と、島の表巫女しか知らないことなの。だから、瑞瑙ちゃんも知らされていなかった。それに、覚醒していない廉堅くんもまだ知らない…」
和瑚は一度口をつぐむと、再びゆっくりと開いた。
そして少女は、閉ざされていた禁忌を語りだす。
「もうひとりの〈日死の巫女〉はね…、本当は〈巫女〉じゃないの。でも、とても不思議な力を持っているから、いつしか〈巫女〉の一人に数えられるようになった。でも、その力は〈四方の巫女〉とは全く違う、むしろ敵対するような恐ろしいもの…。〈太陽〉を〈死〉に追いやる邪悪なもの…。絶対に目覚めさせてはいけない、この世の全ての邪悪を集めたような、いわば〈魔女〉…」
真璃乃の瞳から涙がこぼれて、床に新しい影のようなしみを形成していく。
「〈魔女〉は、全てを見通す宝石のような〈眼〉を三つ持ってる。でも、その〈魔女〉と関係を形成するためには、彼女に魂そのものを売らなければならないの…。そうして二つの〈眼〉を開いた〈魔女〉は、自分の目的を阻んでいる〈四方の巫女〉を見つけ出す」
和瑚の視線が、ゆっくりと自分以外の巫女を見渡し、廉堅のところに据わる。
「〈四方の巫女〉の居場所を掴んだ〈魔女〉は、次に三つ目の〈眼〉を開く。そうなると、もう手がつけられない。〈魔女〉は、〈四方の巫女〉の封印を解こうと手当たりしだいに周囲のものを破壊する。〈巫女〉も〈戦士〉も関係なく…。そしてそれが終わると、彼女はずっと求めていた〈王の船〉を手に入れようとするの…」
少女の涙の跡が、少女自身の影が、蠢く手のように彼女を中心に周囲の人間へと伸びて行く。最初は何の変化もないように見えたが、明らかにそれは意思を持って広がっていた。
「オイオイ…これは…」
ゴクリ、と唾を飲み込む。さすがに、早くこの枷を外さないとまずいだろう。
「どうやら、〈魔女〉は〈四方の巫女〉と〈王〉を探し当てたようだよ」
男は、自分に迫り来る影を一瞬で閃かせた剣で留めて嗤う。まるで金剛のような、星の光を具現化したようなその剣を地に突き立てたまま、男は続ける。
「〈四方の巫女〉、〈魔女〉、そして〈王〉…。全ての役者は揃った。ここからが――本当の祭りの始まりだ!!」
顔を上げた少女の額に、禍々しい三つ目の〈眼〉が見えた。

